ベルマーレが平塚を選び湘南を称すまで

2017年4月11日
 湘南ベルマーレというクラブは、かつて「ベルマーレ平塚」というクラブ名で1994年から99年まで活動していた。より正確を期するなら、前身のフジタサッカークラブがJリーグに加盟するにあたり「湘南ベルマーレ」で申請しようとしたのだが、「湘南は都市名ではない」という理由で撤回された経緯がある。ヤマハ発動機がジュビロ磐田へ、そして日立製作所が柏レイソルへ。準加盟からJリーグ入りを目指すライバルたちと歩調を合わせる形で、当時のクラブ関係者は「湘南」へのこだわりをいったん捨て、「平塚」を名乗ることとなった。~中略~

「かつてベルマーレの練習場があった大神という地域は、栃木からやって来た藤和不動産サッカー部がフジタ工業サッカー部になった時(75年)、相模川の河川敷にあるグラウンドを整備したのが始まりなんですよね。当時はみんな会社員だったから、小田急線に乗って会社からこっちに来ていたんです。ただ、これが歴史の偶然というやつで、もしもグラウンドが300メートルくらい上流に作られていたら、そこはもう厚木市なんですよ。だからベルマーレ『厚木』になっていた可能性も十分にあったわけです」

 フジタの練習場が「たまたま」平塚市内にあったこと、そして改修すれば何とかJリーグを開催できそうな平塚競技場(現Shonan BMW スタジアム平塚)があったこと。そうした偶然が重なって、平塚市は「Jクラブのある街」となった。逆に言えば、平塚市民が何かしらの運動を起こしてJクラブを立ち上げたわけではない。しかも、平塚競技場はフジタのホームグラウンドではなかったし、練習を終えた選手たちは厚木インターを経由して帰ってしまうので平塚の中心街には寄り付かない。「ですから平塚からすると、棚ぼた的にJクラブがやって来たわけです」という眞壁の言葉も、なるほどとうなずける。

https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201704090008-spnavi
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「湘南はどこからどこまで?」意識調査で真の「範囲」が明らかに!

各選択肢の行政区域と得票率をまとめたのが下の図だ。一番得票率が高かったのは「茅ヶ崎~葉山」で34.4%。次いで多かったのは「大磯~葉山」で26.4%だった、大磯には湘南発祥之碑があるのに――。

「湘南市構想エリア」の得票率は10%に満たなかった。湘南市が実現すれば人口は80万人を超え、神奈川県で4番目の政令指定都市入りも夢ではない。しかし、合併から10年が経過しても浦和vs大宮の紛争が続くさいたま市の現状を見れば、現状のままがベターなのだろう。

湘南指数が高いのは茅ヶ崎・藤沢で90%を超えた。これに対して大磯・平塚は50%に達していない。

「湘南に括られるよりも独自のハイソ路線を歩みたい」「湘南は田舎っぽいイメージがある」――そんな声も挙がる鎌倉、逗子、葉山の3自治体。しかし湘南指数を見てみると、大磯・平塚を上回る66.3%もあった。

60%を及第点とするならば、茅ヶ崎・藤沢・鎌倉・逗子・葉山――以上の5自治体が湘南の称号にふさわしい。

http://j-town.net/tokyo/research/results/214159.html?p=all(リンク先に見やすい表あり)
湘南市構想の頓挫

 湘南市は、神奈川県平塚市、藤沢市、茅ヶ崎市、高座郡寒川町、中郡大磯町、二宮町の6市町の合併構想により、新設が計画されていた人口約97万人(当時)の都市であり、政令指定都市の移行まで目指したが、合併まで至らなかった。

2002年1月に研究会が発足、会長には平塚市長が就任し。突然の研究会発足に市民は当惑し、特に茅ヶ崎市のアンケートで反対が9割に達して纏まる気配の見えない中、2003年4月27日の統一地方選挙において、平塚市長選では合併反対を訴えた大蔵律子が推進派の現職を破って当選した。同じく茅ヶ崎市長に当選した服部信明も、登庁後の会見で合併に難色を示した。湘南市研究会メンバーで大磯町長の三沢龍夫も研究会存続の厳しさを語るなど実現は困難になり、2003年5月26日の会合で白紙とされ、研究会も解散された。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%98%E5%8D%97%E5%B8%82
湘南市の構想は過去にもあり1940年、1956年どれも頓挫した。

 なんだか呪われているのではないかと思えるほど、「湘南市」は実現しない。「湘南市」を持ちかけられた自治体が拒否すると言うケースが多いのは、どこの自治体も「ウチこそが湘南のドン」という意識が強く、他の自治体が中心となって「湘南市」が成立するなんてとんでもないという思いがあるからではないか。
http://hadanon.hatenablog.com/entry/2013/05/19/%E9%A0%93%E6%8C%AB%E3%81%99%E3%82%8B%E4%BA%8B%E3%81%AE%E5%A4%9A%E3%81%84%E3%80%8C%E6%B9%98%E5%8D%97%E5%B8%82%E3%80%8D
茅ヶ崎の誇り

 反対してきた茅ヶ崎市の最大の反対理由は「茅ヶ崎」の名前へのこだわりだった。茅ヶ崎海岸はここで大規模なイベントコンサートを開き、「ブランド」を確立している。合併に反対する市民は「湘南」より「茅ヶ崎」の名前に誇りを感じていた。また、合併によってどんな利点があるか、これを明確に示せなかったことも、茅ヶ崎市民を味方にできなかった理由のようだ。
http://www.nakaji.co.jp/ni/uchida20030506

嫁は藤沢鵠沼で30年以上暮らしたモロ湘南人間である。

俺「つるの剛士は、藤沢湘南の顔みたいだね」

嫁「ハア?」(生粋の湘南育ちの方がいいらしい)

俺「平塚も湘南みたいだよ?」

嫁「ハア?」(海水浴場が少ないから駄目らしい)

というように身近に「元湘南人」を知っているので(心は今も湘南人かも)
ベルマーレ平塚が湘南に名前を変えたのは、こういう点で問題というか課題があるなぁと思った。

以下wikiより色々引用しながら書く。

湘南ベルマーレのホームタウンは、神奈川県厚木市、伊勢原市、小田原市、茅ヶ崎市、秦野市、平塚市、藤沢市、中郡大磯町、二宮町および高座郡寒川町である。

これを嫁に言ったら「ハアァァァーー??」となるだろう。
嫁「何で、厚木市、伊勢原市、小田原市以下略が、入ってるの?」
と突っ込まれるだろう。

この広域なホームタウンは理由があって
ホームタウンは1999年までは平塚市1市、2000年よりJリーグで「広域ホームタウン制度」が認められたことを受けて、厚木市、伊勢原市など湘南地域の7市3町へ変更されたので・・・

とはいうものの、そんな事は普通の人は知らんので・・「ハア?」である。


さてベルマーレは現在のスタジアム老朽化により新スタジアム建設を検討中である。



ベルマーレの新スタジアム、10候補地を提案

 サッカーJ2・湘南ベルマーレの新スタジアム建設を検討する「湘南スタジアム研究会」の第2回会合が19日、神奈川県平塚市の平塚商工会議所で開かれ、建設候補地として計10か所が提案された。

会議には平塚、藤沢、茅ヶ崎、小田原、大磯の4市1町の商工会議所や商工会の幹部のほか、サッカー関係者ら約10人が参加した。

 これを受け、4市は民有地3か所と公有地7か所の候補地を提示した。

http://www.yomiuri.co.jp/sports/soccer/domestic/20170420-OYT1T50056.html
有名な湘南地域に近いほど、土地価格は高く、駅に近いほどさらに高くなる・・・どこに決定されるのか近隣住民としては大注目である。


<歴史考証的な湘南の位置>
wiki 引用文含む

「湘南」とは、もともと現在の中国の湖南省を流れる湘江の南部のことで、かつては長沙国湘南県が存在した。室町時代に中国から日本に移住した中国人の子孫が小田原に居してういろう商人となり(崇雪という人物)、自ら創設した大磯の鴫立庵に建てた石碑に「著盡湘南清絶地」と刻んだものが、現在の神奈川県周辺域における呼称の起源ともいわれる。

この時点で湘南=大磯

江戸期に大磯発祥の命名とされる「湘南」は、明治期に政治結社名や合併村名に用いられた。当時、相模川以西地域が湘南、相模川以東地域は湘東または新湘南という認識だった。明治期の「湘南」は、山と川が織りなす景観を持つ相模川以西地域に限られていたと考えられる。

この時点で湘南=相模川西が湘南(平塚・大磯) 相模川東が湘東
(*現在では、小田原が西湘と呼ばれる)

明治維新により、当時西欧で流行していた海水浴保養が日本にも流入し、適した保養地として逗子や葉山、鎌倉、藤沢など相模湾沿岸が注目されて別荘地となり、湘南文化が芽生える。

1897年、赤坂から逗子に転居した徳冨蘆花が逗子の自然を國民新聞に『湘南歳余』として紹介する。翌1898年、元日から大晦日までの日記を『湘南雑筆』として編纂して随筆集『自然と人生』(1900年)を出版する。これを端緒に「湘南」は、当初の相模川西岸(湘南の西湘地区)から、相模湾沿岸一帯(湘東や県央)を表すように変化する。

この時点で湘南=相模川から東も湘南となる。

そして以後は、石原兄弟はじめ様々な作品で「湘南」が用いられ、どんどん湘南の認識が、西に移る。現在では発祥の地「大磯」は「湘南」とほとんど認識されなくなった。


こうして見ると歴史的には、湘南ベルマーレは湘南の中心地に位置しており何の問題もないのだが・・・

湘南の原点は「山と川が織りなす景観を持つ相模川以西地域」である。
もし明治以降に
藤沢・鎌倉などを湘南と呼ばず「湘東文化」や『湘東歳余』と記していれば「どこが湘南?」とはならなかっただろう。

まあ地域呼称や範囲は時間と共に変わるので仕方のない面もあるのだが・・・


湘南って一体どこなのよ?手始めに地元民に聞いてみると千差万別。
「あそこは湘南と認めない」「あそこは湘南と認めてもいいかな」といった
エゴ丸出しの意見。

どうも地元民は湘南に対するプライドが強過ぎるのか、湘南論議になると案外狭量だ。
そのため、湘南エリアは各自治体同士の連携が弱く、ひとつにまとまらない。
そこにはやはり湘南が憧れの場所として認知されている、ということも大きい。

好イメージの湘南を我がモノとしたい各自治体。
地元民も「湘南はいうほどオシャレな場所じゃない」というけれど、
それは建前で本当は洒落た場所に住んでいるという自負がある。

湘南は外と内で感じるイメージは違うというけれど、
メディアによって作られた湘南イメージに翻弄されているのは自治体であり、
地元民たちなのかもしれない。


アマゾン「日本の特別地域 特別編集 これでいいのか 神奈川県 湘南エリア」説明文より
そしてついに県が「長年の論争」湘南の範囲を明確にした!
dadasxcaw

神奈川県「湯河原から三浦市までが湘南です」

そんな長年の論争に、神奈川県がついに終止符を打った(?)。このほど、県が進める新プロジェクト「かながわシープロジェクト Feel SHONAN」に、湘南の範囲がはっきり明記されたのだ。

「湘南」と聞いて、どんなイメージを持ちますか?サーフィン?ヨット?海水浴? ていうか「湘南」ってどこ?湯河原から三浦までの相模湾沿岸を「湘南」と呼びます!

要するに東京湾沿い以外の神奈川の海岸は、全部湘南として売り出そうというわけだ。
http://j-town.net/kanagawa/column/gotochicolumn/193011.html?p=all
うおっ!?思ったより広い・・・広すぎる。
これで私も湘南の人間になりましたwww


湘南ベルマーレのホームタウンがめっちゃ広がりましたね。
湯河原温泉も三崎マグロも湘南に入りますね。

歴史って面白いですね~


*追記:嫁にちゃんと聞いたら目が笑ってなくて怖かった。
当地の人は、その誇りというか自負が強いから、生半可な気持ちで湘南の範囲をああだこうだ言うのも気を害すような事をしていると思ったので、舐めたような口ぶりの上記2つは棒線つけました。

あと重要なの入れてなかった
神奈川県の行政区域では、湘南地域は、藤沢市・平塚市・茅ヶ崎市・秦野市・伊勢原市・高座郡・寒川町中郡・大磯町・二宮町との事です。(あれ?鎌倉と逗子が入ってない・・・)
神奈川県wikiより

ちなみに嫁は、
鎌倉・逗子・藤沢・茅ヶ崎が湘南との事。

あと「歴史は関係ない。」言われたのはちょっと衝撃だった。
まあ現状が大事*なのは理解できるのだが・・・
(*多くの人が思う湘南は、
鎌倉・逗子・藤沢・茅ヶ崎という事)
aaaddadaz
確かに色んな意味で感じやすいですな。

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