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*:うちで一番熱心にサッカーを見るのは猫である。いつも何かしながら見ちゃう。ただ後半はさすがに見入ってしまった。


久しぶりのサッカーの試合視聴。嫁はTV見ていたが「世界一」を決める試合だからと譲ってもらった。ちなみにサッカー見ようとすると嫁はいつも「これ皆が見る試合なの?」って聞いてくる・・・サッカー馬鹿にされてる?

開催国枠が出来たのは2007年から、開催国は日本x6、モロッコx2、UAEx2。
何で日本ばかりなのかは、放映権が日テレ、かつてのスポンサーのトヨタ、そして電通の存在があるのかもしれない。

興業面は苦戦しているようで・・・・まあ全部wikiからの情報なんで間違っているかもしれませんが

開催国枠は、興行面を考えて出来たことなのかな?
ただ世界一のクラブを決める大会で開催国枠のチームが優勝するというのはどうなんだろう・・・。
まあW杯でも開催国枠があるけど・・・クラブW杯ほど短期決戦ではない。のでホームの利はW杯以上だろう。

また今のところ開催国はクラブチームが世界的に強豪と言えない国で行われているのでいいが、もし中堅国、強豪国で開催されることになっても開催国枠を設けるだろうか?

「まさか勝つわけないだろう・・・」という思いがあったりして。
Winning Eleven 2017_20161005231833
*鹿島のスクショなかったかな~と捜したが、これ位しかなかった・・・

私はサッカーをそんなに視聴しないし詳しくないので、今回の試合に関しては戦術的なことは何も言えないけど「鹿島すご~い。マドリードと点の取り合いしてるよ!!」と超驚いた。
マドリードに勝つのは凄い事だ。欧州チャンピオンだし。

ちなみに私がレアルとここで呼ばなかったのは「世界のサッカー応援スタイル」という本に、「Rマドリードにはいわゆるチーム愛称がない。それはサッカーの話をしていて”マドリード”と言えば、Rマドリードを指すと誰もが知っているからだ」と記されていた。そういえばレアルと言う名のクラブは他にもありますからね。ちなみにレアルの意味は「王立・王朝」という意味のようです。まあレアルという呼び名が一般的なんで、いつもはそちらを使います。ウイイレの「マドリード」実況は変じゃないというのを伝えたくてマドリードと書きましたw

あっ!試合終わった。

さて試合の方は何かうまくいったら勝てそうと思ったのは、にわかでしょうか?
ウイイレ2017は、崩しての点がとりづらいけど・・・この試合見てなるほど!と思えた。
少しはドリブル強い方が・・・独走して・・・とか思ってたけど、そんなこと滅多に起きないのね。

少しは崩すことを頑張ろうと思ったのでした。ありがとう鹿島!おめでとうレアル!
Winning Eleven 2017_20161005235140
*鹿島のスクショ捜してたら見つけた・・・う~ん何とも言えない
(降格したので)


インターコンチネンタルカップ時代

1950年代、当時のサッカーの二大勢力であった欧州と南米のサッカークラブ世界一決定戦の計画が持ち上がるようになる。1956年から開かれていた欧州のUEFAチャンピオンズカップの南米版として、コパ・リベルタドーレスがウルグアイの提案で1960年より始まり、その年に第1回インターコンチネンタルカップが開催された。

当初はホーム・アンド・アウェー方式で行われていたがサポーターの過熱化、特に南米でかつての宗主国への反感が増幅され、頻繁に暴動が起こるようになった。選手の移動スケジュール等も次第に問題とされるようになり、また1970年代から欧州チャンピオンのクラブが遠征の負担などを理由に出場を次々と辞退する事態も起こり、1975年と1978年には開催自体が中止に追い込まれるようになってしまった。

トヨタカップへの移行

そこで1980年頃に「中立な第三国での一発勝負であれば、安全面やスケジュールの問題もクリアできるのではないか」という話が持ち上がり、その試合の開催地として日本が浮上する。この話に日本テレビと電通が乗る形で企画がスタートし、電通がトヨタ自動車を冠スポンサーにつけることで本格的に開催準備が始まった。

インターコンチネンタルカップ wiki より


FIFAクラブワールドカップ

しかし、20世紀末頃からFIFAワールドカップなどで欧州や南米以外の大陸の国々の躍進も目立ち始めた。この為、当時のFIFA会長であったゼップ・ブラッターが「クラブの世界一決定戦においてもワールドカップと同じように全大陸連盟から代表を集めて、真の意味での『クラブチームの世界王者』を決めよう」と提唱した。こうした背景もあって、FIFAが創設したのがこの大会の前身にあたる「FIFAクラブ世界選手権」である。~中略~

2007年以降の大会からは開催国枠が設置され、開催国の国内リーグ優勝クラブに本大会出場権が与えられることとなった。

FIFAは2008年5月27日にオーストラリアのシドニーで理事会を開き、2009年、2010年の開催地をアラブ首長国連邦、同時に2011年、2012年の開催地を日本に決定した。以降、開催地が2年毎に変更するフォーマットが続いているが、ほぼ2年ごとに日本と、日本以外の諸外国とで交互に開催する状態が続いている。このため、クラブW杯となってから、アジア・アフリカ(・南米)以外ではまだこの大会を開催した実績は一度もない。

興業面での不振

開催回数を重ねる毎に若干の改善傾向にあるが、興業面においては欧州大陸王者の試合を除けば、観客動員数やテレビ視聴率が依然として芳しくないという問題がある。これは参加チームの知名度が高くなく、欧州クラブの参加意欲でも取り上げられた大会の存在意義の問題に起因するところがある。

FIFAクラブワールドカップ wiki より
今日のさんまさん語録

さんま「MVPは審判ですね」
さんま「鹿島が勝ったら帰りのタクシーの中で考え込んでしまうとこでした」

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