1994 ヴェルディ川崎
松木安太郎(日本)


■オフェンシブ戦術

フォーメーション:4-4-2(SMFx2)
攻撃タイプ  :ポゼッション
ビルドアップ :ショートパス
攻撃エリア  :中央突破
ポジショニング:フォーメーション重視
攻撃人数   :中

■ディフェンス戦術

守備タイプ  :リトリード
追い込み範囲 :中央
プレッシング :セーフティ
DFライン高さ:中
コンパクトネス:中
守備人数   :中
現役引退後は読売クラブのコーチに就任。1993年、Jリーグ開幕直前に前任のペペ監督から引き継ぐ形で、ヴェルディ川崎の監督に就任した。監督就任時の年齢は35歳と言う若さであった(いわゆる「青年監督」である)。

監督就任時には、選手時代に指導を受けたバルコムをコーチに迎え、イェーネ・ハンセン、ヘニー・マイヤーといったオランダ人を起用し、ヨーロッパスタイルの組織的サッカーへの転換を計った。これに対し、伝統を重んじる古参の選手(加藤久・都並敏史・戸塚哲也ら)からは反発を招き、現役時代からの親友・ラモス瑠偉も松木とバルコムの体制を批判した。開幕前には優勝候補の最右翼と目されたが、加藤久の退団やラモスの欠場(ストライキ)もあって、開幕ダッシュに失敗、松木と選手間の対立は新聞や週刊誌で「内乱」として報じられ、松木は批判の矢面に立たされた。サントリーシリーズ(1stステージ)後半には6連勝と立て直したものの、鹿島アントラーズに優勝を譲ることになった。同じく1stステージ不調の主将三浦知良がJリーグオールスターサッカーで自身が指揮するJ-EASTのエースとして2得点でMVP獲得し復調の兆しを見せ、更にビスマルク等ブラジル人体制に戻したNICOSシリーズ(2ndステージ)では、チームを優勝に導いた。鹿島アントラーズとのチャンピオンシップでは、1勝1分で初代王者となった。

1993-1994  ヴェルディ川崎
1998  セレッソ大阪
2001     東京ヴェルディ1969

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%A8%E5%AE%89%E5%A4%AA%E9%83%8E

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